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* * * これぞ、真正”馬鹿正直” * * *
海外旅行は、少々、煩わしい出入国事務がついて回ります。”下駄履きで地下鉄”気分の旅行とは言え、旅行社の”ご注意”は
「出発2時間前に空港に」 「岡山空港の場合、狭い、小さいローカル空港、そんなに早く行く必要はあるまい」と思ったのですが、
老妻は、「言われた通りしたらエエ。トシとると、モノシリ顔でそれやから困る」と反論します。結局、言われる通り、
午後1時半出発に合わせて午前11時半に空港に着きました。
空港に着くなり、もうチェックインが始まっていて、早速、手続きを済ませました。たった5分。「搭乗ご案内をいたしますまで
待合室でお待ち下さい」 時計を見ると、午前11時40分です。これから1時間50分、どう時間をつぶせばいいのか?
構内ブラブラ・・・と言っても岡山空港はもう見飽きています。老妻は自由気ままに「買い物に行ってくる」と出かけましたが、
私は手荷物を管理して、ジッと我慢の1時間。やっぱりナ! オレ様の言うこと聞いておけばいいものを・・・
もっとも、いくつかの上海に行く団体のグループが参加者一人一人の出欠確認、目的地での出入国管理関係の書類記入の確認、
さらに上海空港での両替注意などで大忙しです。 なるほど、時間がかかります。多分、”出発2時間前集合”のご注意は、
こうした団体パック旅行用のものなんですね。私たちは夫婦2人の個人旅行のつもりですが、旅行社の事務処理はパック旅行扱いの
流れ作業なのですね。
待ちに待った搭乗ご案内は、それから1時間20分も過ぎてからでした。確実にこの1時間20分は不愉快なロスでした。
「次からは出発1時間前にしよう。それでも30分早い」 別に必要もないダメ押しを老妻に向けて言いましたが、それは、
積もり溜まったうっぷんのはけ口を求めた一息でした。
* * * 疲れる”空中生活” * * *
中国東方航空MU528便はほぼ満席。日本人観光客が大半で、一目で中国人とわかる人もチラホラ目につきます。座席に着くと、
周りは中国語ばかり、早速、始まった機内案内も甲高い中国語、その後、ぼそぼそと日本語が事務的な口調で語り続けています。
旅の始まりを告げ、期待を膨らませる一瞬です。
漢字は、欧米語と違って 一語で言い得て妙、と思わせる表現魔術を備えいますね。腰を下ろして前を見ると、「空中生活・・・
航机休閑読物」 ホホーっ! 軽い感動。漢字ばかりの雑誌ですが、パラパラめくって見ると、言葉は分からなくても字面だけ眺めて
いても意味は、ほぼ理解できます。「天涯行走」指で示して、「これ、何?」とスチュワーデスに聞くと、”Travel, sir” おお私は、
今、それをやっている。
それだけで上海までの2時間は、結構、楽しめました。いよいよ上海です。私たち夫妻にとっては、25年ぶりに見る上海です。
前回来た時は文化大革命の直ぐ後。浦東空港に降り立って失望したのは、その汚さ。その上、無茶苦茶、だだっ広い。クアラルンプール
行きへの乗り継ぎは難行・苦行の連続でした。
同じ航空機の乗り継ぎだから・・・と、予断した私が間違っていたのかもしれませんが、「ただ乗り継ぐ」だけで書かされた
申告書カードは6枚、トランジット滞在と言っても、一旦、上海で降りる旅行者と同様に植物検疫から風邪ウイルス罹患の有無申告を
して入国チェックを受け、それを済ませると、「接続者回路」に向かうよう指差されます。
迷路を抜けると、今度は出国手続き。”中国滞在”は、ベニヤ板で仕切られたこの迷路を通るだけなのですね。「外に出さないのなら、
ここまで面倒な手続きなど不必要なのでは???」 まあ、一国の主権に関わる問題。1外国庶民がとやかく言っても仕方ありません。
が、正直な感想は、「こんな国には来たくない」
チェック、チェック、チェック・・・・その度に同じカードを書き続ける。やっと国際線出発カウンターで搭乗券のチェックインを
したのは1時間後でした。それから・・・今度は、搭乗ゲートにたどり着くのが一苦労。何しろ広い、だだっ広い。奇妙なのは、
ゲートナンバーを順を追って進んで行っても目的のゲートに達しない。No.28ゲート目指して進んだら最後はNo.26で行き止り。 No.28は?
と聞けば、元に戻って4つ目右。 何と、No.27からNo.29ゲートはにわか増設の間に合わせコーナーで表示もありませんでした。
上海からクアラルンプールへの539便はジェット機。こちらも、ほぼ満席。多分、マレーシア人、と分かる人々が大半です。
事実、クアラルンプール到着後、出入国管理チェックで外国人ゲートに向かったのは私たち十数人だけでした。なのに・・・5時間の
フライト中、一語もマレーシア語のアナウンスが無かったのも不思議。
* * * 馬六甲で待っていた親切 * * *
空港にはマラッカ定住6年の日本人、トニーさんが出迎えてくださっていました。初対面。「見知らぬ土地では念には念をいれよ、
です」と兼ねてメールでご連絡いただいたとおり、わざわざパスポートを示して自己紹介してくださいました。しかし、写真や本名など
プライバシーに関する情報は一切、非公開にしておられるそうで、私のホームページでも、トニーさんのニックネームでご登場
いただきます。
「滞在中はこれを使ってください。24時間対応です」と手渡してくださったのが現地で使える携帯電話。「こちらから日本への
かけかたをお教えします。まず、安着のお知らせをご自宅へ」 早速、留守宅のMZ 娘に電話。全く予想もしていない電話にMZ娘は
何かあったのかとびっくり。いきなり「どうしたの?」 そこでトニーさんが説明。「日本からご両親におかけになる場合の番号を
お知らせします。こちらをダイヤルしてください。安いですから通話料はご心配要りません。」
空港外に出ると、むっとした暑さが迫ります。「先ほど、スコールがあったばかり。ほら、道路が濡れているでしょう。
それで涼しいのです」 朝の岡山は寒気降下、10時間後のはクアラルンプールは深夜30度を超す真夏でした。道端にやしの木が並ぶ、
すばらしい風情を楽しみながら深夜の高速道をマラッカへ。
宿に着くなり、またびっくり。「銭本様、ようこそ、吉備の国から歴史の街・馬六甲(マラッカ)へ、」とヘッドラインの付いた
4ページの手書き文書。飲料水、交通ルール、犯罪、公衆トイレ、インターネット、暮らしのヒント(洗濯物、両替、食事)と7項目に
渡ってマラッカでの旅に注意が記されてありました。私たちのためわざわざお気づきの心配事を挙げてアドバイスしてくださって
いるのです。
ホテルに着くと、「これもお忘れなく」と、ダンボールTダースのミネラルウオーター。ここまで来ると、「歓迎」もハンパでは
ありません。至れり尽くせり、感謝感激に包み込まれたマラッカ到着の夜でした。
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