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一つの歴史事件の評価と個人の体験を切り離すことは、同時代人にとって非常に難しい。56年当時の年齢、職場、居住地、生活環境によって、個人として体験した56年は、グンツ大統領が言うように多種多様だろう。後の政治的評価によって、当時の個人の政治行動を断罪するのは硬直した見方である。
他方、政治体制として、56年以後の体制をどのように評価するかは、個人体験の多様性とは異なり、明瞭な歴史的評価が下される。どのように考えようが、56年動乱で誕生したカーダール政権には、少なくとも政権誕生の経緯には、正統性がない。ソ連が構築した傀儡政権であることは明々白々である。
したがって、個人が体験した56年動乱およびその後の生活の評価と、56年動乱によって樹立された政権(体制)の評価とは区別して考えなければならない。56年の体験が多様であるから、56年動乱後の体制評価も多様であって良いということにはならない。逆に、56年後の政権評価は一義的だから、56年動乱時の個人の役割が一義的に確定できるとは言えない。
体制の評価が決まれば、国家としてのけじめがある。それは個人の多様な体験を否定するものでないが、国家としてそれぞれの個人を顕彰できるかどうかは、国家の存立価値にかかわっている。したがって、ホルン社会党元党首の場合、個人として動乱抑圧側に立たざるを得なかったという個人的事情は了解されても、旧体制を否定して成立した共和国国家が、旧体制を肯定する人物を顕彰できないという論理は筋が通っている。国家として、56年以後の体制の両義性を認めることはできない。
この点は「靖国参拝」をめぐる議論と似たところがある。個人として戦争に参加した人々には、多様な生活と体験があったことは否定しようのない事実であり、個人としての生き様が後年の体制評価によって断罪されてはたまらないと感じる人は多いだろう。他方、日本は戦後、戦前の天皇制軍国主義体制の否定の上に立って議会制民主主義国家として出発したことも明らかである。とすれば、個人として「靖国神社」へ参拝することは何ら非難されることではないが、政治家が意図的に参拝し、軍国主義の犠牲者を祭り上げることに積極的な意思を表示すれば、戦前の体制否定という一義性が否定されることになる。
この事例のように、20世紀には膨大な人命を犠牲にしてきた歴史事件が多発し、正統性が疑われる実に多種多様な政治支配が存在してきたために、個人と体制という矛盾した関係から完全に解き放たれることはできない。 |