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ジュルチャーニィ首相はナジ・イムレ処刑50年を追悼する特別国会へ、大統領、野党党首、外交団を招いた。これにたいして、FIDESZとKDNPの党首は招聘を受けず、大統領もまた参加の意思を表明しなかった。FIDESZとKDNPは不参加の理由を明示しなかったが、ショーヨム大統領は他の追悼集会において持論を展開し、暗に首相主催の追悼国会を批判したのである。各メディアはこれを取り上げ、多くは大統領の行動を批判したが、ショーヨム大統領の持論に耳を傾ける必要があるだろう。
ジュルチャーニィ首相を初めとする社会党の中には、56年動乱を単純に「革命」と規定できないと感じている政治家がそれなりの数で存在する。56年動乱で死刑判決を受けたグンツ元大統領もまた、「人の数ほど多様な56年が存在する」と語っている。ジュルチャーニィ首相演説でも、この辺りは不明瞭で、10月23日の動乱勃発時には革命だったが、次第に不明瞭になっていったという趣旨のことを述べている。
ショーヨム大統領はまさにこの動乱評価の曖昧な両義的解釈を批判している。「56年革命」の評価は両義的なものではなく、一義的なものでなければならない。いったん「革命」と規定したからにはその評価は一義的でなければならず、ナジとカーダールの双方を評価するような両義的評価とは一線を画さなければならないというのが、大統領の持論である。
ショーヨム大統領によれば、1989年6月16日の再埋葬式でナジ再評価は決まっており、体制転換の重要なモーメントであったという。同年10月23日に当時の社会党の暫定大統領スーロシュが行った共和国宣言は、形を変えただけの社会党がヌエ的に行った行事であり、体制転換の本質的事件を構成しないとまで断言している。
56年動乱を革命とし規定しながら、カーダール主義の継続性(正統性)を暗に認めるのは誤っており、56年評価は明瞭かつ一義的でなければならないというのである。 |