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Vol. 180  ハンガリーからのメッセージ

ハンガリー動乱50年:ナジ・イムレ処刑50年
 
 

V. ショーヨム大統領の問題提起

 

ジュルチャーニィ首相はナジ・イムレ処刑50年を追悼する特別国会へ、大統領、野党党首、外交団を招いた。これにたいして、FIDESZとKDNPの党首は招聘を受けず、大統領もまた参加の意思を表明しなかった。FIDESZとKDNPは不参加の理由を明示しなかったが、ショーヨム大統領は他の追悼集会において持論を展開し、暗に首相主催の追悼国会を批判したのである。各メディアはこれを取り上げ、多くは大統領の行動を批判したが、ショーヨム大統領の持論に耳を傾ける必要があるだろう。

ジュルチャーニィ首相を初めとする社会党の中には、56年動乱を単純に「革命」と規定できないと感じている政治家がそれなりの数で存在する。56年動乱で死刑判決を受けたグンツ元大統領もまた、「人の数ほど多様な56年が存在する」と語っている。ジュルチャーニィ首相演説でも、この辺りは不明瞭で、10月23日の動乱勃発時には革命だったが、次第に不明瞭になっていったという趣旨のことを述べている。

ショーヨム大統領はまさにこの動乱評価の曖昧な両義的解釈を批判している。「56年革命」の評価は両義的なものではなく、一義的なものでなければならない。いったん「革命」と規定したからにはその評価は一義的でなければならず、ナジとカーダールの双方を評価するような両義的評価とは一線を画さなければならないというのが、大統領の持論である。

ショーヨム大統領によれば、1989年6月16日の再埋葬式でナジ再評価は決まっており、体制転換の重要なモーメントであったという。同年10月23日に当時の社会党の暫定大統領スーロシュが行った共和国宣言は、形を変えただけの社会党がヌエ的に行った行事であり、体制転換の本質的事件を構成しないとまで断言している。

56年動乱を革命とし規定しながら、カーダール主義の継続性(正統性)を暗に認めるのは誤っており、56年評価は明瞭かつ一義的でなければならないというのである。

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「ハンガリー科学アカデミー本部」

W.動乱評価の両義性

ショーヨム大統領は革命の両義的評価を排除する事例として、昨年に提起されたホルン元社会党党首にたいする叙勲拒否の事例を指摘している。動乱抑圧側に立ち、動乱後の政権を擁護する政治家は、体制転換後に樹立された共和国の国家叙勲に値しないという。この問題についても本誌で論じたのでここでは再述しないが、明らかにホルン叙勲はジュルチャーニィ首相が党内における地位を固めるために、重鎮のホルンの誕生日に合わせて叙勲申請したものだった。この胡散臭い叙勲申請に、ショーヨム大統領が署名しなかったのは一つの見識である。そして、それはまた、社会党の56年動乱評価における両義性を再び暴露することにもなった。

ジュルチャーニィ自身、私生活において、カーダール時代の継続性を、身を以て体験している。妻の祖父でハンガリー共産党の政治局員だったアプロー・アンタルがカーダール政権時代に取得した邸宅が、ジュルチャーニィの現在の私邸である。アプロー・アンタルは40年近い党生活のほとんどを、最高指導部の政治局員として過ごしており、ライク処刑時においても、またライク復権時にも、さらにはナジ処刑時においても政治局員だった経歴をもっている。アプローの政治歴はまさに両義的という評価を通り越して、歴史の激動の中で、常に権力の中枢に身を置いていた不思議な政治家である。どの権力者にとっても都合の良い存在だったのだろうか。見識のある政治家は、このような過去をもつ政治家の遺産を私邸として使わないだろう。

ショーヨム大統領がジュルチャーニィ首相の招聘をうけなかった背景には、こうした政治家個人としてのけじめの問題もあろう。襟を正して、カーダール時代との決別を告げるなら、アプロー・アンタルの邸宅を出るべきだという考えがあっても当然のことだ。もっとも、こういう潔癖さは日本人には理解できても、ハンガリー人の多くには理解されない。それがまたハンガリーの問題でもある。


盛田常夫 盛田 常夫

1947年
富山県高岡市出身
法政大学社会学部教授、野村総合研究所研究顧問を経て、ハンガリー立山研究所取締役社長

ブダペスト在住

盛田常夫のホームページ:
ハンガリーからのメッセージ
盛田常夫訳「コルナイ自伝」の国際サイト:
Korunai Yanoshu:MEMORIES
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バルトーク国際ピアノコンクール優勝金子三勇士君

猫 猫 猫


盛田氏の家に突然居座って
しまったネコの花ちゃん。
夜はガレージに
入れてあげるそうです。
(*画像クリックで拡大写真)

樹氷 樹氷 樹氷 樹氷


盛田氏はブダペストに
お住まいですが、
ブダペスト丘陵に連なる
小高いところでは、氷点下5度以下
になると、このような樹氷の
光景が見られるそうです。

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ハンガリー在住日本人会会報
「ドナウ通信2008年春季号」

盛田常夫マラソン 

※盛田常夫氏は、昔からテニス、スキー等、スポーツ万能で、最近では毎年様々なマラソンに出場しています。
(画像クリックすると拡大します)

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