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Vol. 170  ボローニャに暮らす
〜イタリアの小さな街・ボローニャの生活〜
 

ボローニャの日常生活の中で見たこと、感じたこと、思ったこと、学んだことを
特別でも何でもない自分の視線で語る

ベルリン中央駅 〜ベルリンの歴史とホロコースト〜
 

Z. 討論すること

イタリア国民は一般的に話し好きだ。 単に話しをするのが好きなだけでなく討論する行為自体が好きなように思う。 私がイタリアに住み始めた頃、人が集まると初めのうちは穏やかに話していたのにいつの間にか皆が白熱して主張し合っている場に遭遇するたびに、居心地の悪い思いをした。 どうしてみんな直ぐに言い争いをするのだろう、と。 話している内容自体が分からなかったので口調の激しさだけでそんな風に思ったのである。 そのうち話の内容が分かるようになってくると別に言い争いをしている訳ではなく、ましてや喧嘩しているのでもないことが分かった。 彼らは単に討論するのが好きなのである。

課題は何でも良い、電話の通話料の高さでも良いし、電車が絶対定時に発車しないことでも良い、今朝前を走っていた車の運転が如何に下手であったかでも良いのだ。 でも一番討論のし甲斐があるのは政治のことであろう、と思う。 昨日街の中心の広場を横切った時に数名の男性達が寄り集まって、ああだ、こうだと声高々に話していたので耳を澄まして聞いてみたらやはり政治のことだった。 今に始まったことではないが、特に今イタリアの政治はガタガタしている。 だから職場にいても普段の生活の場にいてもこの手の話しが必ず飛び出しては長い長い討論に突入するのでいささか閉口しているのが本心である。 確かに政治が直接自分たちの生活に関わってくるので無関心でいられないのは本当だけど、1時間も2時間も手を振り回しながら全力投球で討論しなくてもいいのではないか、と言うのが私の正直な感想である。

さて、面白いのは自分の意見に正面切って反対を唱えていた相手と討論が終わるとケロリと仲良く話し始めることである。 この辺りの切り替えはとても早い。 傍でどうなることやらと討論の行方をハラハラしながら見ていた私などは面食らってしまうのである。 後腐れがなくていいというのか何というのか。 けれどもそういう気持ちの切り替えが早いことをイタリア人の美点だと私は思っている。

[. こども

その昔イタリアはどの家も子沢山だった。 知人の父親は9人兄弟だったらしい。 それが30年位前から少子化が進み国民平均年齢もぐっと上がった。 少子化が進むことで子供は蝶よ花よと育てられたので、勿論そのうちの教育方針や躾け方にもよるけれど、良く言えば天真爛漫に悪く言えば我侭に育った、と言うのが私の友人の意見である。

最近は子供が沢山産まれているような気がする。 少なくとも私の周囲は出産ブームなのだ。数年前は男の子ばかり生まれていたがここ1,2年は女の子ばかり。 よく見ると街には沢山の子供服の店がありそれがどれも手の込んだものばかり。 値段も高い。けれど分かるような気がする。自分の子供は可愛い。 可愛い子供にはお金も体力も惜しみなく使う、そしてそういうことが楽しかったりもするのだ、何処の国でも。 私がまだ幼かった頃、母が一生懸命姉とお揃いの洋服を作ってくれたものだ。 その姿は今も忘れない。 ひょっとするとあっという間に小さくなって着られなくなってしまうのに、それでも母はそんな風にして私達こどもの服を作ってくれた。

特に好きだったのは胸にスモッキング刺繍の入った水色の夏服だった。後ろでリボン結びにする、女の子だったら一度は着たことがあるであろう、あの服だ。 つい最近街を歩いていたらそれに限りなく近い服を見つけた。 可愛い。 きっとこの服を着た小さな子供の姿を想像して、子供や孫のために買っていく人が多いのではないかと思った。

私がいつか母になったら・・・それはもしかしたら実現できないことかもしれないが、私の母がそうしてくれたように可愛い子供の為に洋服を作ってあげたい、と願って止まない。 私にしたら子供には少しくらい甘くても良い、可愛い自分のこどもだもの。

        
中村真人 プロフィール:yspringmindさん

イタリア・ボローニャ在住
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