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Vol. 165  ハンガリーからのメッセージ
映画時評「牡牛座−レーニンの肖像」
 
 

T. プロローグ

 

  以前の職場の同僚、下斗米伸夫教授(法政大学)から、奇才ソクーロフ監督による「牡牛座−レーニンの肖像」の映画評をもらった。ちょうど日本出張を控えていたので、急いで上映館を探した。渋谷のユーロスペースという小さな劇場で上映している。この映画館は大衆的な上映には向かない良質の作品を見せている。東急本店と道玄坂を結ぶ狭い通り面していて、地図を片手に一つ一つビルを確認して歩いたが、この辺りは渋谷の色街のよう。昼下がりに歩くのはちょっと白けるが、ユーロスペースはこのアンバランスな立地に小さなスペースを確保している。とにかく上映最終日になんとか滑り込んだ。
 この作品は権力者を描いた4部作の第2作目(2001年制作)。1作目はヒットラーの愛人が待つザルツブルグの山岳地帯にある別荘でヒットラー一行が過ごす時間を扱った「モレク神−ヒットラーの日々」(1999年)。3作目は天皇ヒロヒトの終戦前後の生活を扱った「太陽」(2005年)。4作目は「ファウスト」をテーマしたものだが、まだ完成していない。イッセー尾形が演じる昭和天皇が話題になった「太陽」や「モレク神」はすでにDVDになっているが、「レーニンの肖像」は今年2月が日本初公開でまだDVDになっていない。ソクーロフの作品はほとんどが日本語版でも外国語版でもDVDで入手可能だが、この「牡牛座−レーニンの肖像」だけは、何故か未だDVD化されていない。ユーロスペースでの上映が終了したので、これから販売されるのかもしれないが、今現在はこの作品を鑑賞する手だてがない。

「ゲレルトホテルプール」

「ヴァーツィ通りの建物」

U. ストーリ

  これまでの3作に共通することだが、ソクーロフの作品には通常の意味のストーリはない。あるのはそれぞれの権力者の日常生活を見せるというモチーフだけである。とくにこの作品は、半身不随のレーニンの日常生活を90分もの時間を使ってたんたんと映し出すだけで、他の2作に比べてはるかに単調なのだが、セット撮影がないこともあって、逆に迫真に迫るものがある。
 舞台はモスクワ郊外の森にある瀟洒な館。1918年に狙撃され、その後遺症か脳梗塞の発作の影響で半身不随になったレーニンが静養している。新聞も電話も取り上げられ、外界からのコミュニケーションは遮断され、レーニンは自分の意思で外部とコンタクトをとることができない。ドイツ人医者、妻のクループスカヤ、妹のマーシャ(マーリア)が付き添っている。館にはソ連共産党が配置した警護官や調理・清掃を担当する賄い人がいる。レーニンを警護しているのか、それともレーニンの状況を党の指導部に報告する諜報部員なのかは定かでないが、その両方の人々が配置されている。
ベッドで新聞を離さないレーニンの手を警護官が叩き取り上げる。子供やふつうの痴呆老人のような扱いを受けている。ロシア革命の理論的・政治的指導者のレーニンが、である。舞台になった1922年の夏は最初の脳梗塞の発作の後で不自由はあったが、まだ頭脳明晰だったはず。だから、このような仕打ちは受けてないだろうが、映画は「半身不随で痴呆が進んだレーニンをスターリンが隔離・監視し、レーニンから自由意思を奪った」というトーンで全体が構成されている。
 ドイツ人医師は「レーニンが亡くなれば、自分は抹殺されるだろう」と呟きながら、レーニンの相手を務める。「回復するのか」と問いつめるレーニンに、この医者は「17x22の計算できるようになれば回復する」という。17はロシア革命の1917年から、22は静養している時点の1922年からとられた数字か。レーニンは繰り返しこのかけ算をやってみるが、できない。痴呆老人のリハビリが映し出される。
 天気の良い午後は散策と決まっていて、レーニンは「狩り」と呼ばれる遠足を楽しみにしている。「狩りに行きましょう」と言われ、喜び勇んで車に乗る姿は、身動きが不自由な老人が介護施設の車に乗せられて、束の間の外出の自由を満喫しているような風情なのだ。車上のレーニンはまるで子供のように、手でピストルを撃つ真似をして、「狩猟ごっこ」を楽しんでいる。ここまで痴呆が進んでいたはずはなく、これも映画の演出の一部。この遠足の間も、諜報部員がレーニンの動静を探っている。
 ある日、お供を従えて、丈長の白いコートに身を包んだスターリン(ソ連共産党書記長)がやってくる。党内権力を奪取したスターリンがレーニンの現状を確認にきたのだ。スターリンは党中央委員会からの贈り物と称して杖を渡す。スターリンと会するレーニンは正気に戻り、政治局の了解を得て毒薬を持ってくるように請う。
 スターリンが帰り、夕食に臨んだレーニンにたいして、妹は「貴方が死ねば、我々はここから追い出されてしまう」と言う。レーニンが生きている限り、今の生活は保障されるが、死んでしまえば路頭に迷うだけだと。ところが、レーニンは訪問者が誰だったか思い出せない。妻が耳打ちする。「あれはユダヤ人か、それともグルジア人か。スターリン(鋼鉄)、カメーネフ(岩石)、モロトフ(ハンマー)...。なんという恐ろしい名前だ」などと、次第に党の対応と自らの不能に苛立ちを示し、わめき出して夕食のテーブルを壊してしまう。
 車椅子に座り、ベランダで物思いにふけるレーニンは、自らの精神と肉体の崩壊を嘆き、大きな叫び声を上げる。人間の叫びとも、獣の叫びとも区別のつかない「ウォー」という音が、森中に響き渡る。


盛田常夫 盛田 常夫

1947年
富山県高岡市出身
法政大学社会学部教授、野村総合研究所研究顧問を経て、ハンガリー立山研究所取締役社長

ブダペスト在住

盛田常夫のホームページ:
ハンガリーからのメッセージ
盛田常夫訳「コルナイ自伝」の国際サイト:
Korunai Yanoshu:MEMORIES
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バルトーク国際ピアノコンクール優勝金子三勇士君

猫 猫 猫


盛田氏の家に突然居座って
しまったネコの花ちゃん。
夜はガレージに
入れてあげるそうです。
(*画像クリックで拡大写真)

樹氷 樹氷 樹氷 樹氷


盛田氏はブダペストに
お住まいですが、
ブダペスト丘陵に連なる
小高いところでは、氷点下5度以下
になると、このような樹氷の
光景が見られるそうです。

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ハンガリー在住日本人会会報
「ドナウ通信2008年春季号」

盛田常夫マラソン 

※盛田常夫氏は、昔からテニス、スキー等、スポーツ万能で、最近では毎年様々なマラソンに出場しています。
(画像クリックすると拡大します)

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