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Vol. 162  ハンガリーからのメッセージ
ハンガリー動乱50年:動乱を招いた暗黒時代(その2)
 
 

Y. 消えたアメリカ人

 

   フィールド拉致は極秘のアクションだった。当初、フィールドの妻ヘルタは夫との連絡が途絶えたことを心配しておらず、東ドイツへ向かったものだと考えていた。しかし、しばらく時が過ぎ、事故に遭ったのではないかと心配になり、チェコスロバキア諜報部に出向いた。諜報部員は国境付近にフィールド失踪の手がかりがあるとフィールドの妻ヘルタを車に乗せ、ハンガリー国境に向かい、そこでハンガリー諜報部隊に引き渡したのである。

   ヘルタが消える前、フィールドの弟であるヘルマン・フィールドはヘルタの知らせにヨーロッパに渡り、ワルシャワでの所用を済ませてプラハに戻ると言ったまま、音信不通になった。ポーランドの諜報部に逮捕されたのだった。

   さらに、フィールドの養女エリカ・ヴァラックはドイツの共産主義者の仲介を得て、ベルリンに向かい、両親の消息を探ろうとしたが、ソ連占領地に入ったまま消息不明になった。

    かくして、フィールド一家はそれぞれがハンガリー、ポーランド、ソ連の諜報部隊に拘束され、消えてしまったのである。

    フィールド拉致はライク裁判においても極秘事項だった。そして、もしその後に起きた亡命事件が発生しなければ、フィールド拉致事件は永遠に知られることなく、闇に包まれたままに歴史の中から消えるはずであった。

「ゲレルトホテルプール」

「ゲレルトホテルプール」

Z. フィールド釈放事情

   フィールド逮捕からすでに5年半が過ぎた1954年秋、ラーコシは治療目的でソ連に滞在していた。そこへポーランド統一労働者党第一書記ビェルトが突然やってきた。ラーコシはビェルトが落ち着きなく振る舞うのを理解できなかった。

   ポーランド諜報部幹部ヨージェフ・スィヴィアトゥオが、前年暮れのベルリン出張時に亡命し、ヘルマン・フィールド拘束の事実が公になり、アメリカから外交ルートを通して、引き渡し要求が来ているというのだ。それで、慌ててモスクワに飛んで来た。ヘルマン・フィールドを釈放し、名誉回復しないとまずいという。だから、ハンガリーでも同様の措置をとって、共同歩調を取りたいということだった。

   ラーコシは暫く時間が欲しいと答えたが、その日のうちにノエル・H・フィールドの釈放指示を出した。こうして、フィールドは1954年11月17日に自由の身になった。釈放されたフィールドは定住地がないこと、共産主義者としてアメリカに渡る訳にはいかないことを理由に、ハンガリーへの亡命申請を行い、1968年に亡くなるまでハンガリーに留まった。

    フィールド釈放の後、この奇怪なフィールド拉致事件をめぐってさまざまなノンフィクションが刊行された。

[. フィールド尋問からライク逮捕へ

   さて、フィールド尋問によって、ラーコシの奸計は最後の段階を迎えた。フィールドの供述にもとづき、中央委員の重責を担い、共産党本部に勤務していたスーニィ・ティボールとその部下サーライ・アンドラーシュが、5月18日に逮捕された。実際には、フィールドの供述以前から、ユーゴスラビア共産党の支援を受けた亡命者たちの逮捕は計画されていた。時間的な順序だけが問題だったのだ。

   スーニィとサーライの尋問にも拷問が加えられ、5月23日、スーニィの口からライクにかかわる一つの事実が語られた。ライク粛正の口実を得たラーコシは、バラトンリガの別荘に4人組にカーダールを加えたメンバーを呼び、ライク逮捕を伝え、その手順について意見を求めた。

   (関連記事は、http://morita.tateyama.huを参照されたい)

   (了)


盛田常夫 盛田 常夫

1947年
富山県高岡市出身
法政大学社会学部教授、野村総合研究所研究顧問を経て、ハンガリー立山研究所取締役社長

ブダペスト在住

盛田常夫のホームページ:
ハンガリーからのメッセージ
盛田常夫訳「コルナイ自伝」の国際サイト:
Korunai Yanoshu:MEMORIES
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バルトーク国際ピアノコンクール優勝金子三勇士君

猫 猫 猫


盛田氏の家に突然居座って
しまったネコの花ちゃん。
夜はガレージに
入れてあげるそうです。
(*画像クリックで拡大写真)

樹氷 樹氷 樹氷 樹氷


盛田氏はブダペストに
お住まいですが、
ブダペスト丘陵に連なる
小高いところでは、氷点下5度以下
になると、このような樹氷の
光景が見られるそうです。

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ハンガリー在住日本人会会報
「ドナウ通信2008年春季号」

盛田常夫マラソン 

※盛田常夫氏は、昔からテニス、スキー等、スポーツ万能で、最近では毎年様々なマラソンに出場しています。
(画像クリックすると拡大します)

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