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前期展は、若い時から晩年までの小品でルオーの心境を覗けるような作品が、並んでおりよくヨーロッパにある画商の様に、画家に密着し、支援するコレクターの持つオーラを感じさせる雰囲気がそこに醸し出されていて、美術館では味わえないものでした。
その中で、「夕景」はルオーの円熟期の作品とも言うべき逸品で、青や緑やオレンジ色を配したもので明るさを見つけたこの画家の歩みを彷彿させるものでした。
後期では更に大小のユニークな作品や版画が見ものであり、特に魅せられたのは、ルオーの円熟した心境を覗かせる「聖なる風景━青とピンク色のファンタジー━」でした。
すっかりジーンときて立ったり座ったり眺めていましたら、この画廊の販売の部長でもある松本信さんが近づいてきて、「小さい絵ですけど、周りの大きな絵を呑み込んでしまうようでしょう」と話しかけてくれました。10号位の絵ながら、手前に神父らしき人が佇んでいて、真っ直ぐの道の奥の教会の塔の周りが、薄ピンク系の白の微光が神々しく浮き上がっていました。
「これなら欲しい」と夢想しているとお察しか、「2千万円です」と囁いてくれました。
会話だけでも楽しい思いをさせてくれた松本さんに感謝しながら帰りました。
「ルオーとマティス展」 汐留ミュージアム、汐留(新橋)
3月8日―5月12日
汐留ミュージアムの5周年とルオー没後50年を記念して企画されたこの美術展は、同時代の大家の並列展ではなく、特別の意味を持っています。即ち、ルオーとマチスの交流が永年に亘って人間的にも深い繋がりを持っていた事を示す書簡が出てきて、この展覧会にも披露されている事と、異なった画風を持ちながら人生観に共鳴した部分と色使いやテーマについて類似の視点のあることが発見出来て興味深いものでした。
汐留ミュージアムは油彩画や版画など常設で約190点のルオー・コレクションを持っており、このルオーギャラリーをベースに、今回はパリ市立美術館のコレクションを中心に、ルオー財団、モロー美術館、ポンピドー・センターなどからいずれも見応えのある二人の作品約130点を展示しています。
ルオーとマチスが、ギュスターブ・モローに師事した関係でモローの風景画も数点出品されていました。今まで、象徴主義風の絵しか見たことがなく、素朴なモローの風景画を見て初めてモローと云う画家が身近に感じられ、ルオー、マチス、マルケへの影響があったことが絵の上から感じ取られるなど画家同士の繋がりを見せてくれていて、意図を感じる秀逸な企画でした。
さて、お眼鏡のルオーの絵は質量とも充実していて、思わず足を止める作品が多く、心身をすっかりリニューアルされた1日でした。特に暗黒の時代から抜け出た、青い空に黄色い太陽を浮かばせた底抜けのオプティミズムの数々、又見つけた12号ぐらいの佳作「青い背景の花束」に秋波を送りながら、やむなく会場を後にしました。
今、ルオーを観るためにパリに行く事はありません。ここで充分です。
翻って考えますと、美術や音楽にとって、東京と言う都会はメッカみたいになっています。
次々と出来る高層建築、公共施設、美術館、音楽ホールに加え、文化を吸収する人口の数が多い街と評価されているからです。この日も週中の午前中でも可なりの人出でした。
一方、大都会化したために起こる犯罪、事件、格差やアンバランスが多い環境が、文化的ゾーンに共存しています。 心の豊かさを保つためには、吸収した文化を保つ心身の環境が大切です。
うっかりしていると、大都会の刺激は、総てが瞬間に通り過ぎてしまう危険があります。
吸収した文化を放出しかねません。都会では遠ざかる“スローライフ”を心の中にしっかり保管しておく必要があるのではないでしょうか。
ギャルリーためながや老舗のお店など地べたを歩いて行ける銀座は寧ろ素朴な味があります。
尚、6月には有楽町の出光美術館でルオー展が企画されています。
(平成20年4月20日 久津正行)
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