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Vol. 147  ハンガリーからのメッセージ
ハンガリー動乱50年:動乱を招いた暗黒時代(その1)
 
 

V.「爪はがしのバウエル」

 

    バウエルの父が保安警察(ハンガリーの秘密警察)の大佐だったことは聞いていた。56年動乱で殺害されたとも聞いた。不幸な育ちだから、子供じみた社交性のない行動様式をとるのだと納得していた。ところが、そのことを友人に話したら、「とんでもない、動乱で死んだなんて嘘だ。まだぴんぴんしている。それも彼はただの秘密警察官だったのではない。<爪はがしのバウエル>と恐れられた取調官で、ほんの少し前に国会でその問題が取り上げられたばかりだ」という。

   迂闊にも1999〜2002年にかけて、「爪はがしのバウエル」こと、バウエル・ミクローシュの名前が、国会やメディアで飛び交っていたのを見逃していた。

   インターネットで調べたら、2000年初頭に歴史公正委員会が、SZDSZの議員で弁護士事務所を開いているエリョシ・マーチャーシュにたいして議員辞職を勧告している。その理由は、バウエル・ミクローシュなどの悪名高い旧保安警察官と共同で事務所を構えていたからである。これにたいして、エリョシは「バウエルの過去を知らなかった。近いうちに、バウエルは弁護士事務所を離れる」として、委員会の辞職勧告に答えた。しかし、過去を知らなかったというエリョシュの説明を信じる人はいない。実際、バウエル・ミクローシュは、このエリョシの言明を「裏切り」と表現して、不快感を表した。  これに関連して、国会では「バウエルが弁護士資格をとった経緯を明らかにするように」という議員からの質問があり、当時の法務大臣が調査を約束している。

    さらに、2000年の9月に、当時の小地主党議員がダーヴィッド法務大臣にたいして、バウエル・ミクローシュの経歴を紹介し、「当時の法務大臣リース・イシュトヴァーンが1950年9月15日に保安警察の取り調べにおいて死亡して件」について調査を求めた。これにたいして、法務政務次官は、「調査は継続中である」と回答している。

    当時、この討議の中で、SZDSZ議員だったバウエル・タマーシュが登壇し、「父は戦前からの反戦運動家で、戦後はその言語能力を見込まれて保安警察官になったが、取調官であったことはなく、7年間の在勤中に取り調べにあたったのはたったの2回で、確かにそのうちの1回はリース・イシュトヴァーンの取り調べだったが、非難されるような暴力行為は行っていない。....体制転換で息子や同僚が政治家になり、今それらの人々が右派の政治家から攻撃を受けているのは不幸なことだ」と反論した。

    要するに、父は何の罪も犯していないし、責任を取る必要もない。これは政治的な攻撃だというのだ。

「ブダ城夜景」

「ブダ城夜景」

W. 過去の権力犯罪とどう向き合うか

 

   戦後のハンガリー共産党の再組織化からラーコシ独裁に至る過程は、共産党が暴力的に権力を奪取した時期にあたる。共産党が国家機構とは独立した武装組織をつくり、独裁権力の維持を脅かす人物を次々と拘束し、拷問を加え処刑し、スターリン型の恐怖独裁を構築した苦い時代だ。1946年から1953年まで続くこの時期に、想像もできないような奸計が図られ、多くの命が失われた。日本ではこの時代の正確な情報が伝えられず、歴史学界では中・東欧の社会主義樹立を「人民民主主義革命」と規定する説が大勢を占めたが、現在から見れば、この規定は明確な誤りである。

   1956年動乱はまさにこれらの失われた命の鎮魂と名誉の回復を求めたデモ行動が拡大して起きた歴史的事件である。ラーコシ独裁時代に両親たちが犯した歴史的犯罪にたいして、娘や息子、さらには後世の世代はいかに向き合うべきか。ハンガリーではこのような問いかけを発する人はほとんどいない。それにはいくつか理由がある。

   一つは、ハンガリーでは民族の歴史的悲劇を祝日として鎮魂するが、自民族の戦争犯罪や権力犯罪にたいする責任を後世の世代が受け継ぐという倫理観念が希薄である。

    二つは、カーダール政権が動乱参加者の大量逮捕・処刑に全力を注いだために、ラーコシ独裁政権を支えた集団や個人の犯罪的行動への対処・告発が事実上、見逃されてしまった。

    三つは、ハンガリーの体制転換が「平和的」に行われた結果、過去の権力犯罪の検証と告発が中途半端になってしまった。

    四つは、与党にも野党にも、トップの指導者の家族やその周辺に保安・秘密警察に関係した者がいるために、追求の矛先が鈍ってしまう。

    この結果、バウエル父子のように、父が自らの犯罪も責任も認めず、子もそれに同調する者が多く、それがハンガリーの権力犯罪にたいする倫理意識を限りなく低めている

    もっとも日本にも同類の問題が存在する。バウエル・ミクローシュが果たした役割は、戦前日本の特別高等警察(特高)と類似したものだ。特高による反戦主義者・民主主義者・共産主義者の拷問・虐殺も、戦後そのほとんどが見逃されてしまった。作家小林多喜二が特高警察に捕まり、逮捕から半日もしないうちに命を落としたが、虐殺に直接手を下した連中や特高部長も、戦後の日本で大手を振って生きてきた。

    バウエル・ミクローシュ問題が公になってから、SZDSZ内の内部対立が激しくなり、バウエルは2004年の総選挙に立候補できなかった。権力犯罪に深くかかわった父を擁護するバウエル・タマーシュに、連立政権の社会政策に反対する人々を批判する資格があるのだろうか。それとこれとは別だと割り切れるだろうか。


盛田常夫 盛田 常夫

1947年
富山県高岡市出身
法政大学社会学部教授、野村総合研究所研究顧問を経て、ハンガリー立山研究所取締役社長

ブダペスト在住

盛田常夫のホームページ:
ハンガリーからのメッセージ
盛田常夫訳「コルナイ自伝」の国際サイト:
Korunai Yanoshu:MEMORIES
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バルトーク国際ピアノコンクール優勝金子三勇士君

猫 猫 猫


盛田氏の家に突然居座って
しまったネコの花ちゃん。
夜はガレージに
入れてあげるそうです。
(*画像クリックで拡大写真)

樹氷 樹氷 樹氷 樹氷


盛田氏はブダペストに
お住まいですが、
ブダペスト丘陵に連なる
小高いところでは、氷点下5度以下
になると、このような樹氷の
光景が見られるそうです。

ドナウ通信

ハンガリー在住日本人会会報
「ドナウ通信2008年新春号」

盛田常夫マラソン 

※盛田常夫氏は、昔からテニス、スキー等、スポーツ万能で、最近では毎年様々なマラソンに出場しています。
(画像クリックすると拡大します)

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