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Vol. 138  ハンガリーからのメッセージ
福岡伸一を読む 〜『生物と無生物のあいだ』、『もう牛を食べても安心か』〜
 
 

V. 動的均衡の発見

 

   機械と動物を区別するものは何か。ともにエネルギーが必要だが、エネルギーだけが必要ならば、炭素、水素、酸素があれば良い。これらは糖や脂肪に含まれている。ところが、動物はタンパク質を摂取しないと生きていけない。人間のみならず、すべての動物は植物あるいは動物のタンパク質を摂り続けることによって、生命を持続することができる。ではそのタンパク質とは何か。

   タンパク質は20種類のアミノ酸から構成される。タンパク質を摂ることはアミノ酸を吸収することだが、このアミノ酸には糖や脂肪に含まれない元素が入っている。それが窒素である。つまり、機械には不要だが、動物に不可欠なものが窒素なのだ。

   そこで、シェーハイマーは体外から摂取された窒素がどのように体内で吸収されるのかを調べた。窒素の同位元素(重窒素)をアミノ酸の窒素原子として挿入し、その同位元素がどのように体内に分布されるのかを調べたのである。この種の同位元素を標識(マーカー)として、その行方を探る追跡法は、1930年代に分子生物学の研究手法として確立された。

   さて、この研究から非常に興味深いことが分かった。体内に取り込まれた重窒素の一部は尿として体外へ排出されるが、その半分以上は体内のタンパク質の中に取り込まれることが分かった。現在の分子生物学は、タンパク質や脂質だけでなく、人間の体を構成している組織・臓器のあらゆる構成分子が、絶え間なく代謝回転していることを明らかにしている。こうして、人間を含む動物の体では非常に速い速度で構成分子・原子の代謝が行われていて、1年も経ると、すっかり原子・分子の交換が行われるというのだ。原子の世界から見ると、「1年後の私はもう1年前の私ではない」ということになる。

   まさに、生命は途切れることのない分子・原子の流れによって支えられている。そういう動的な流れの中で同型的な形状を保持するから、「動的均衡の流れ」と規定できる。しかし、絶え間ない変化の中で、どうして同一的な形状が維持できるのだろうか。その答えは著書の中にあるが、もちろん現在の分子生物学ですべてが解明されている訳ではない。

「オペラハウス」

「オペラハウス」

W. 二重らせん

 

   DNAが高分子の細長い紐状物質で、らせん系の二つの紐が絡み合った形状であることを示したのが、クリックとワトソンである。これで彼らはノーベル賞に輝いた。福岡はこのような科学史の発見に、必ず先行する研究や研究者がおり、それらの人々の名は歴史の中に埋もれることが多いことを丁寧に描いている。

   そもそも、DNAが遺伝子情報を保有していることに最初に気づいた人は誰なのだろう。野口英世がロックフェラー医学研究所に勤務していた頃、オズワルド・エイブリーもこの研究所で仕事を始めた。彼は肺炎双球菌の研究から、菌の性質を変える遺伝子を追跡し、それが核酸(DNA)であることを突き止めたのである。これはまさに世界史的な発見だった。

   そこから、DNAの構造解明がノーベル賞ものの研究になった。そして、1962年、この構造解明に成功したワトソン、クリックと並んで、ウィルキンズがノーベル生理学賞を受賞したが、実は、その解明成功へ導いた決定的な先行研究があった。

   1950年、ケンブリッジ大学出身のロザリンド・フランクリンはロンドン大学キングスカレッジに職を得た。そこで彼女はDNAのX線結晶学に従事した。当時、ここにはDNAの研究を専門とするウィルキンズがいたが、この二人は常に衝突していた。ワトソンとクリックはケンブリッジ大学に在籍し、ロンドン大学との競争関係にあったが、ウィルキンズはこの二人と交友関係があり、一緒に食事するほどの仲だった。

   ある日、ロンドン大学を訪問したワトソンが、フランクリンが撮影した「DNAの三次元形態を示すX線写真」をウィルキンズから見せられた。そこには「らせん」構造から生じる黒い影が写っていたのである。撮影者のフランクリンに無断で、これをワトソンに見せたのである。この事実はワトソンの著書にも記されていて、そのため、後にウィルキンズが「データ盗用」で批判されることになる。さらに「らせん」理論を確定する上で決定的に重要な「盗用」があった。

   フランクリンは1952年に、英国医学研究機構に研究報告を提出した。公的資金を受けた研究の成果を提出したのである。そして、研究資金決定の権限をもつ委員会の専門委員の中に、ケンブリッジ大学でクリックの上司にあたるマックス・ペルーツがいた。彼はフランクリンの研究報告書をクリックとワトソンに見せた。これは明らかにルール違反である。非公開の他人の研究成果をこっそりと、部下の研究者に見せたのだ。その報告書には実験の詳細データが付されていたほか、最後に重要な結論が記されていた。「DNAの結晶構造はC2空間群である」。C2空間とは数学的な概念で、相互に点対称にある二つの構成単位が相互に逆方向に配置されている位相空間である。まさに、理論的究明の最後の謎が解けたのである。ワトソンとクリックが、「DNAを構成する2本の紐は、相互に逆方向に対称的に絡み合っている」と結論づけるのに時間はかからなかった。

   1962年のノーベル賞は、前述の3名に加え、マックス・ペルーツにも(タンパク質の構造分析による化学賞)授与された。すでにフランクリンがこの世を去って4年の時間が過ぎていた。「共犯者たちの揃い踏み」(福岡)が1962年のノーベル賞授賞式だった。

   科学研究の発見の歴史には、このような裏話が尽きない。歴史に名が残るのは最終的な発見者だが、その発見者以上に大きな貢献をした人々が、歴史の中に埋もれているのだ。


盛田常夫 盛田 常夫

1947年
富山県高岡市出身
法政大学社会学部教授、野村総合研究所研究顧問を経て、ハンガリー立山研究所取締役社長

ブダペスト在住

盛田常夫のホームページ:
ハンガリーからのメッセージ
盛田常夫訳「コルナイ自伝」の国際サイト:
Korunai Yanoshu:MEMORIES
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猫 猫 猫


盛田氏の家に突然居座って
しまったネコの花ちゃん。
夜はガレージに
入れてあげるそうです。
(*画像クリックで拡大写真)

樹氷 樹氷 樹氷 樹氷


盛田氏はブダペストに
お住まいですが、
ブダペスト丘陵に連なる
小高いところでは、氷点下5度以下
になると、このような樹氷の
光景が見られるそうです。

ドナウ通信

ハンガリー在住日本人会会報
「ドナウ通信2008年新春号」

盛田常夫マラソン 

※盛田常夫氏は、昔からテニス、スキー等、スポーツ万能で、最近では毎年様々なマラソンに出場しています。
(画像クリックすると拡大します)

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