〔山本さんへのインタビュー〕
山本さんとジャズのかかわりは、いつどのようなことだったのでしょうか?
1952年当時、私は高知に在住していましたが、江利チエミさん一行が公演に見えてそれを
聞きに行ったのがジャズとの最初の出会いです。その時のバンドが若き日の「ビッグ・フォー」
でした。初めて原語で覚えたのが「テネシー・ワルツ」でしたが、歌詞が無くて耳から覚えるので
結構適当に歌っていましたから、この歌が失恋の歌と知ったのはかなり後のことでした。
試験勉強が目的で家に泊まりにきた仲良したちと深夜までお勉強そっちのけで、お布団を被り、
蓄音機を手回ししながら、「ハイ・ヌーン」や「トゥ・ヤング」を歌ったものです。
大学時代のボーイフレンドが音楽好きで随分影響を受けました。当時はビッグバンドの盛んな
時代でグレン・ミラー楽団の人気絶頂期でした。グレン・ミラーの曲はどれも青春の思い出です。
〔MCA JAZZ CHORUS 2007.12.22〕 |
100人のジャズコーラスを結成されるにあたり、または、運営されるにあたって、一番大変なことは何でしたか?
結成当初、メンバーが100人以上も応募してくださるなど想像だにしませんでした。ジャズを聞く
場所はあってもアマチュアがジャズを歌う場所の少ないことに気付かされました。青葉区という
特異性も見逃せません。ジャズを歌いたい方、うたってみたい方が大勢いらっしゃるということですね。「ジャズは楽しそう」というイメージもあるようです。皆さん楽しいことを求めていらっしゃるのではないでしょうか。
運営に当たりましては、100人が一堂に会して歌える練習会場の確保の難しさです。それとメンバー
100人という大所帯故に、情報伝達の徹底に苦労します。
山本さんのモットー、または、ポリシーを教えてください。
私の人生の座右の銘は「塞翁が馬」です。いい事ばかりもないが、悪いことばかりでもない。
「塞翁が馬」の私なりの解釈です。日々の暮らしの中でのモットーは結構せっかちな方ですので、
「今日やるべき事は今日のうちに」
尊敬する人はどなたですか?
エッセイの斎藤信也先生。故人では母方の祖母。98歳で逝きましたが、亡くなる寸前まで自立して、
「出来ることは自分でするわ」が口癖でした。こんなところ、私のDNAに組み込まれていることを祈っています。
〔MCA JAZZ CHORUS 2007.12.22〕 |
何をしているときが好きですか?幸せを感じますか?
ジャズを歌っているとき、エッセイを書いているとき。親しい飲み友達と一杯やっているとき。
思い出の曲、あるいは、一番好きな歌、曲を教えてください。
思い出の曲は「青い月影」。一番好きな曲は「青く美しきドナウ」。
好きな曲は、他に「魅惑の宵」「エデンの東」「バラの刺青」「トゥ・ラヴ・アゲイン」、etc.
最近感動したことは?
「AOBA JAZZ CONCERT 2007」が終了した直後のメンバーの満足そうな笑顔と達成感
に満ちた眼差しを確認した時。
今後の夢、目標を教えてください。
夢は、イケメン男性バック・コーラスを従えて、ソロを歌うこと。夢は大きく???
現実の目標はエッセイ集3冊目を出版すること。
どうもありがとうございました。
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